下村: | 大原さん最後はどうなったん? | ![]() 左から杉本さん、衣笠君、大島君 |
本多: | 最後はね衣笠君から。 | |
下村: | 聞いてると思うけど忘れてもうて。 | |
大澤: | 心臓発作でも起こしたん。 | |
衣笠: | もうカチカチなってて。 |
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本多: | あれよう覚えてる。電話、かかってきて。 | |
杉本: | 何歳の時に亡くなった? | |
大島: | 亡くなったのは、60歳行ってたかな。 | |
杉本: | 1973年? 何歳の時亡くなったんかなぁ。 | |
本多: | 昭和4年生れだった? | |
杉本: | 50代かなぁ。 | |
衣笠: | 心臓の病気でしたね。 |
【大原闘争を支援する会の結成の経過】 | ||
大澤: | そもそもね、支援する会ができたきっかけっちゅうのはどういうことなんやろ。 | |
三上: | 僕が知ってるのはね、ニュースが出たと、大原さんが電車で転落して両足を切断して、 それを楠さんがね、たまたまニュースで聞くんですよ。 普通やったらそれを聞き流して終わってしまう。 |
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大澤: | 終わっちゃうよね。 | |
三上: | 終わりますよ。今度は自分から気をつけないかんなと思うくらいですよ、せいぜい。 あれがだからね、凄いなと思うんですよ。 学生たちの支援グループを。 |
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大澤: | うん、うん、集めてね。 | |
三上: | 24時間介護に、今そういうことやってるけど、それの先取りですよね、要するに。 | |
発言者不明: | どこに出かけたんかな、その支援する会。 | |
そりゃもう関学とか同志社・・ | ||
本多: | 障害研とか、介護研とか、社研やとか、なんかそういうとこ・・ | |
大島: | 上埜さんは? | |
関大や。 | ||
大島: | 関大やけど、あの頃は・・ | |
三上: | 最初同志社の人とか居たよ。なんだっけな・・ | |
本多: | 関学でも楠さん行ってて、そして呼びかけて、そして衣笠くん・・ | |
武田: | 関学の学生とか一緒に介護やりました。 | |
小西: | 同志社の・・ | |
三上: | あの時、立命は居なかったと思うな。 | |
大澤: | 今、障害研なんちゃう、今ないんか。 | |
衣笠: | いや、ある、ありますね、たぶん。 | |
大澤: | まだあんのんか、あるんやったらそのちょっとなんか繋がりつけたいな。 障害研って、そもそも何を研究すんねん。 |
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衣笠: | まぁ言うたら社会福祉。 | |
本多: | 社会福祉、ボランティアさん。 |
【上埜さんの想い出】 | ||
大澤: | ちょっと、上埜さん死んだらしいやんか、武田さんから聞いた。 全然知らんかった。 何やっててん、彼女。 (本田さんが配った《展点・・・》のパンフを見て) これは何やねん? |
![]() |
本多: | 今一緒に事務所やってる人がサカグチさんいうて、 手話通訳やってる人、 サカグチさんはずっとホスピスのほうへお見舞い行ったり・・ 聞くところによると、詩人、詩も書くし、楽器も多才、楽器もやってたらしいよ 詩の関係でも色んな繋がりがあって、これも確かね神戸か、これも神戸の会員の人がこれをお知り合いの方にお配りくださいって何枚か送ってきてね |
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衣笠: | 去年?いつ亡くなったん? |
本多: | 9月かな。一昨年、ちゃうかな。一昨年やったと思うわ。 | |
大澤: | 上埜さん、詩書いてた言うんやったら、その詩集的なもの、出版されんでも原稿的な物はあんのかな? | |
本多: | なんかね、多分、ここに連絡したらね、あると思いますよ、上埜さんの写真とか・・ | |
武田: | ダンサーって書いとるね、ダンサーって。 | |
大澤: | なに?なに?ダンサー? | |
本多: | ダンス。 | |
大澤: | 上埜さん、ダンスという感じは全くせえへんかったな。 | |
本多: | このチラシ来たときね、この写真見て、 あれ?この人知ってる人かも?って思って見たら上埜さんやったから。 これ、だってイメージすごいあるやん、上埜さんの。 |
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大澤: | パンフを見ながら)ここで《何よりポキポキと不器用に生きて》と書いたあるけど、 そういう感じした。 そういう感じの人やったっちゅう感じやね。 |
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本多: | 器用じゃなかったですね。 | |
大澤: | で、《一人で生きてって》あるから、結婚してへんちゅうことなんやな。 |
本多: | 感性がすごいから、(最高裁で)楠さんが杖なんかとか言われた時(上埜さんが) ボーン言うたんやろ? |
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大澤: | 言うたんや? | ![]() 最高裁の車イスの台数制限に抗議 |
本多: | 杖は預かりますかなんかの時かな? | |
大澤: | さっきのあれか? | |
大島: | 最高裁が・・ | |
本多: | 手話通訳もしてはったんや、多才やね。 | |
武田: | 私あの、彼女に最初手話教えてもらったの。 | |
杉本?: | 彼女ピアノものすごい上手やったん | |
大島: | ピアノできたん? | |
本多: | 何人かで上埜さんの実家見に行ったんや あれ誰と行ったんやろ。 |
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大澤: | それはなんで見に行ったんや? | |
本多: | なんかドデカイ家らしいでとか言うて | |
大澤: | どこや? | |
本多: | 奈良の田舎のほうやんな。 | |
大澤: | このパンフに上埜さんの名前、載ってないな。ペンネームかなんかあんのんか? | |
武田: | 全然載ってないね | |
大澤: | あぁ、そうか、この時点では死んでんねんや、 《上埜陽子が残してくれた詩を遊ぶ》って書いてるから。 そうか、そういう意味では載ってるはずがないわな。 |
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本多: | それでね、このイカロスの森かなんかに上埜さんの作品飾ってたりしてたんですよ | |
大澤: | そもそもイカロスの森ってどこにあんねん | |
本多: | 神戸やったと思います、確か。 | |
大澤: | あぁ、ここに書いてあるわ。 | |
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