・大原訴訟掲示板


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訴訟資料集
各審級の判決等の訴訟資料を掲載する。
また、大原訴訟は法学の世界でも 注目を集めていた事件であった。
当時の判例集や論文についてのまとめや コメントを付した。
著作権の関係で、文献を掲載することはできないが書誌情報をあげておくので、詳細に興味のある方は 直接文献を当たっていただきたい。
判決文
第一審 判決文
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控訴審 判決文
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上告審 判決文
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判例評釈・論文
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新たな動きのために
 作成中

大原訴訟とは

…点字ブロックに込められた怒りと悲しみ…
【島式ホームの危険な駅】
上記写真は国鉄(現JR)大阪環状線福島駅ホームの写真です。
この駅は両側に線路があるいわゆる《島式ホーム》であり、
昭和48年8月17日、視覚障害者の大原さんは写真中央のあたりのホーム端から転落し線路に落下し、
進行してきた列車に両足を轢かれました。
中央に写っている黄色のブロックが点字ブロックです。
この写真を撮影したのは平成16年10月ですが、大原さんが転落した当時には点字ブロックは設置されていませんでした。

【10年間も闘われた大原訴訟
その大原さんが国鉄相手に起こしたのが《大原訴訟》です。
この訴訟では、点字ブロックを設置したり、転落防止のための人員を配置したりする義務があったのにこれを怠った過失があるとして、
国鉄(当時は国営でした)を被告にして国家賠償請求をしました。
訴訟を始めたのが昭和51年7月であり、昭和55年の第1審判決は原告勝訴、昭和58年の控訴審判決も原告勝訴でしたが、
昭和61年の最高裁判決では逆転敗訴し、結局、その後に差戻審である大阪高裁で和解が成立しました。
実に約10年以上にわたる長期間の訴訟でした。

【訴訟後、点字ブロックは急速に普及した】
訴訟が提起されたことにより、視覚障害者にとって、いかにホームが危険であるかが新聞等に大きく取り上げられました。
国鉄に点字ブロック設置義務を認めた高裁判決も出たことも新聞各紙に大きく取り上げられました。
このような訴訟や判決の存在、また、国際障害者年という追い風もあったことから、
ほぼ全国の駅ほとんどに点字ブロックが設置されるようになりました。
(点字ブロックの普及状況については「点字ブロックの普及」リンク記事を参照ください)

【相次いだホーム転落による視覚障害者の轢死事故】

大原訴訟の判決で取り上げられた視覚障害者のホームからの転落死亡事故として次のようなものがある。
昭和48年2月 東京山手線高田馬場駅 全盲の上野さんがホームから転落し、電車に約50メートル引きずられた後に死亡
昭和49年5月 国鉄大宮駅で盲学校生徒の高橋さんがホームから転落し、列車に轢過され即死
昭和49年10月 国鉄元町駅で重度弱視の中島さんがホームから転落し、列車に轢過され死亡
昭和51年10月国鉄鷹巣駅で盲学校生徒の茂木さんがホームから転落し、列車にはねられ即死、同時に転落した小川さんは重傷
昭和56年5月 阪神電鉄センタープール前駅で盲学校生徒の馬場さんがホームから転落し、列車にはねられ死亡
これらは新聞等で報道されたものであるが、それ以外にも多くの死亡や重症事故は多発しており、
大原訴訟に証人として出廷した視覚障害者はその全てがホームからの転落経験を有しており、そのときの恐怖について証言している。

このような多数に転落死亡者が存在するという危険性を認識しながら国鉄は安全対策を怠ったということであり、
それが視覚障害者の怒りとなり、大原訴訟につながっていったのです。
点字ブロックがほぼ全国に設置された背景には、結局のところ、そのような視覚障害者の悲しみと怒りがあり、
それを無視し続けた国鉄やその他の公共機関に対する怒りがあったというべきでしょう。

【支えた人たち】
この訴訟は、大原さんを支える多くの人たちの協力があって初めて可能となったものです。
そのため、本ホームページでは訴訟だけではなく、訴訟を支えてくれた人たちについての記事も順次掲載していきます。

【障害者に対する偏見や差別】
なお、訴訟をする過程で裁判所の障害者に対する多くの偏見や差別が明らかになりました。
例えば、裁判は誰でも傍聴が可能なはずですが、裁判所は法廷に入る車いすの台数制限をしました。
大原訴訟は訴訟の本体だけではなく、裁判所の障害者をめぐるさまざまの差別に対する戦いでもありました。
訴訟では証人の点字での署名による宣誓や起立しての手話通訳を実現させることができました。
また、訴訟の証人も視覚障害者に多数、出廷していただき、貴重な証言をしていただきました。
大原訴訟は訴訟の判決だけを目指したのではなく、裁判所の障害者に対するいわれなき差別を打ち破る闘いでもありました。

【明日への力に】

その全貌を知っていただくためにこのホームページを立ち上げました。
今、全国で差別に苦しんでいる障害者やその家族、支援者の方の励みになり、明日の戦いへの勇気を与えるものになればこれほどうれしいことはありません。
(本ホームページは、大原訴訟弁護団の担当弁護士であった大澤龍司が立ち上げたものであり、内容については大澤の責任で掲載するものです)